御言葉バックナンバー
今週の御言葉
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2008年8月10日(日)
「盗むな」
(出エジプト記20章15節)
聖書の律法、戒めは、私たちの基本的な生活を守るためのものです。その基本中の基本として「十戒」があり、その8つ目の戒めが「盗むな」です。
他者の所有するものを、勝手に自分のものとするとき、盗みなります。ですから会社で給料をもらいながら、その会社以外の働きをしていますと、給料泥棒となります。著作権を無視して音楽をコピーしても盗みです。甘い言葉で人の心を奪うのも…もしかしたら盗みになってしまうかも知れませんネ。
聖書は「盗んではならない」(出エジプト記20:15)と命じますが、これを積極的に捉えると、「与えなさい」ということになります。
自分が良いもので満たされたい!!と願う私たちにとって、見返りを求めもせず、与えることは難しいことです。でももし、惜しみなく私たちに良いものを与えて下さる神さまからの恵みを受け取るならば、どうでしょう。
「受けるよりは与えるものが幸いである」とイエスさまが言われた「幸い」を得ることが出来ます。
神さまはあなたに溢れるばかりの恵みを注いで下さっています。強制されてではなく、イヤイヤではなく、喜びを持って与える者となり、喜び満ちあふれた人生を送られますように。
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2008年8月3日(日)
「姦淫するな」
(出エジプト記20章14節)
「姦淫」という言葉を辞書で調べると、「男女が不倫な関係を結ぶこと」とあります。互いに決まった人がいるのに、他の人と関係を結ぶこと、これが姦淫です。
聖書で語られるまでもなく、私たちは不倫を嫌います。なぜでしょうか?それは人の心を壊し、関係を壊す働きだからです。
肉体において一つになるという行為は、実は魂のレベルで一つになることと同じである、と聖書は言います。肉体のみの関係はありえない、ということです。
ですから姦淫の罪を犯す時、犯した者の魂は他のものに奪われていることになります。その人の内から誠実さが消えます。誠実ではない人を信用し、良い人間関係を築けるでしょうか?
「姦淫してはならない」(出エジプト記20:14)
これは社会的な問題に対する戒めであると同時に、私たちの魂を守るための戒めなのです。
自分を愛するように、あなたの隣人を愛し、祝福された人間関係を築いて下さい。
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2008年7月20日(日)
「殺すな」
(出エジプト記20章13節)
「何で人を殺したらいけないの?」こんな問いが子どもから発せられる時代になりました。そしてこの問いに対して、子どもが納得出来る答え与えることの出来る大人が少ない、と言われます。あなたはどうでしょうか?
神さまは、簡単明瞭な言葉で私たちに語られます。「殺すな」(出エジプト記20:13)
この世を造られたお方は、絶対的な主権を持って命じるのです。この主権を認めない時、私たちは他の声に耳を傾け、他のものに自分んを合わせ、自分を偽り、本当の自分ではない自分で生きようとします。
主権者は、「本当の自分であれ!生きよ!」とおっしゃいます。生きる力に満ちあふれ、生きる喜びを体験する時、本当の命の尊さを知ります。そのことで、自分と、他者を大切にすることが出来るのです。
あなたは自分の命を生かしていますか?生きる道を歩んでいますか?
あなたを愛される神は、あなたの生きる道を用意して待っておられます。
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2008年7月13日(日)
「あなたの父母を敬え」
(出エジプト記20章12節)
「今の世の中、何かおかしい!!」と思うことってありませんか?
特に子が親を殺す…などというニュースを耳にすると、胸を痛めると共に何かがおかしい、と思わされてしまいます。一体何がおかしいのでしょうか?
聖書が教えることは、まず最初に「私」と「神」の関係を正すことでした。そして神さまとの関係を築いたら次は、親子の関係について語られています。
親子関係は、私たちがこの世で初めて体験する「人間関係」で、ここから社会秩序を学びます。ここで権威に従う事、愛すること、愛されることを学びます。
幼い時から父母を敬うことを学ぶと、父母のみではなく、隣人を敬うことを学びます。他者を大切にする気持ちが養われます。
互いに尊重し合う関係が広がると、弱者を切り捨てるのではなく、互いに手を取り合い、助け合う社会が築かれます。
「あなたの父母を敬え。そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生きることが出来る」(出エジプト記20:12)
父母を敬うこと、そして他者を敬うこと。これは祝福の約束を伴う戒めでした。隣人を敬うことで、豊かな祝福を頂いて下さい。
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2008年7月6日(日)
「安息日を心に留め、これを聖別せよ。」
(出エジプト記20章8節)
皆さんは休日には何をしますか?
時間があればやりたいことはたくさんあるのに、いざ休日になると普段ため込んでいる疲れから、何もしないで休んでいるだけ、なんてことはありませんか?
体力的な疲労であれば、体を休めれば回復しますね。ですから身体を休ませる休息は必要です。でも、精神的な疲労は、体をいくら休ませても回復しません。精神的疲労は、精神的休息によって癒やされるのです。
私たちは「頑張る」ことを教えられ、いつの間にか抱えきれない程の重荷を背負わされていることがあります。そんな私たちにイエスさまは「疲れた者、重荷を負う者は、誰でも私のもとに来なさい。休ませてあげよう」(マタイ福音書11:28)と言われます。精神的休息は、重荷をイエスさまに渡すところから得られるのです。
週に一日、安息日(通常は日曜日)は、自分の精神的負担がどうなっているのか確認しましょう。そして、イエスさまに重荷を委ねるようにしましょう。その時に、精神的疲労は癒やされ、新しい力が湧いてきますよ。
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2008年6月29日(日)
「あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。」
(出エジプト記20章7節)
時折、キリスト教を毛嫌いする人に会います。9.11以降、米大統領に言動を見てから、なおさらにキリスト教を悪く捉える人が増えたようです...悲しい出来事です。
歴史上、私利私欲のための戦争なのに、「神の名」が語られるということが頻繁に行われています。ここにきてまたそれが行われたのです。これらは「神の名」に不信感、嫌悪感を抱かせ、る「神の名」が汚される行為です。神さまは、それらのために「神の名を唱える」ことを禁じられたのです。
同時に、「みだりに唱えるな」という意味は、「唱えるべき時には、唱えなさい」という意味でもあります。
神さまは、私たちを愛する天の父なる神さまです。子が苦しむ時、喜んで助けて下さるお方です。神さまは、呼ばれることを喜ばれるお方でもあるのです。
神さまと、親しい関係を結び、愛と恵みをたくさんいただきましょう。
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2008年6月22日(日)
「あなたはいかなる像も造ってはならない」
(出エジプト記20章4節)
像とは、仕える対象のことです。像を造ると、その像のために生活するようになります。
ある人はギャンブルという像を造ります。ある人はお酒という像を。ある人は異性という像を。またある人は仕事、家庭という像を造ります。そしてその像のために稼ぎ、お金と時間と労力を使います。
それらは決して悪いことではないのでしょうが、そのために生きるとどうなるのでしょうか?
イエスさまは、「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい」(マタイ福音書6:33)と言われました。心に像を造らず、神さまを第一とした時、「そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる」 (同)のです。
生活の優先順位はどうなっていますか?何よりも大切にしなければならないものを、おろそかにしていないでしょうか?
あなたを愛し、あなたに最善をなして下さる神さまを大切にし、祝福を頂きましょう。
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2008年6月15日(日)
「あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。」
(出エジプト記20章3節)
「あぁなったらイヤだなぁ」、「あそこは行きたくないなぁ」、「あの人みたいにはなりたくないなぁ」…そのように思っているのに、いつの間にか望んでいないその事柄通りになっている、ということはありませんか?
人は、恐れているものに服従してしまうのです。恐れている存在に気に入られようとしてしまうのです。ですから、恐れを抱くと、恐れていた通りになってしまいます。
私たちを造られた神さまは、私たちを愛し、いつも良いことをして下さるお方です。このお方を畏れ敬うなら、私たちは愛に従って生活するようになります。喜びが増え、広がります。
今日から、私たちの心の中心に神さまをお迎えして、神さまの喜ばれることを考え、そのことを行なってみましょう。
祝福が豊かに増し加わりますように。
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2008年6月1日(日)
「今、もしわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るならば、あなたたちはすべての民の間にあって、わたしの宝となる。」
(出エジプト記19章5節)
「親の心、子知らず」と言われますが、親は子の最善、幸福を願うものです。それは神さまも同じ。神さまは、子である私たちが最高の幸せを手にするようにと、願っておられます。
私たちの幸せは、自由奔放の中にはありません。きちっとした躾(しつけ)、マナーの中にあります。そのため、神さまは「契約」という約束ごとを作られました。
聖書は「新約聖書」と「旧約聖書」で構成されていますが、この「約」は「契約」という意味です。この聖書に、私たちが幸せになる約束が記されているのです。
聖書の言葉を守ることで、最高の幸せをいただきましょう。
祝福をお祈りします。
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2008年5月25日(日)
「今、わたしは知った。彼らがイスラエルに向かって高慢をふるまったときにも、主はすべての神々にまさって偉大であったことを。」
(出エジプト記18章11節)
私たちは、私たちの恐れるものに支配されています。貧乏になりたくない、名誉が欲しい、人々に認められたい等々、「〜でありたい」という思いは、「〜となる」ことへの恐れから生じた思いです。
これらの思いは心を束縛し、喜びの火を消し、自由を無くします。
私たちのあるべき姿は、恐れを抱くべき対象を恐れることです。そして恐るべきお方は、天地万物を造られ、私たちを造られ、人を生かし、全てを支配しておられるお方です。
全ての神々に勝って偉大であるお方に仕える時、本当の自由が生まれ、喜びは大きくなり、生きる力が溢れてきます。あなたは他のものを恐れる必要はありません。
祝福を祈ります。
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2008年5月18日(日)
「男子を選び出し、アマレクと戦いに出陣させるがよい。明日、わたしは神の杖を手に持って、丘の頂に立つ。」
(出エジプト記17章9節)
小さい子は、親に見守られることで安心します。でもこれは小さい子に限りませんね。私たちも見守られていると思うと、勇気が湧いてきます。
私たちには様々な戦いがあります。時に目の前の嵐に恐れを抱き、これ以上進む事は出来ないと思わされることもあります。
でもそんな時、モーセが「丘の上に立って祈る」と言ったように、私たちの背後で、私たちを見守り、祈って下さっている方がいます。
今、丘の上にはイエスさまの十字架が立てられ、神の御子による祈りが捧げられています。
勇気を持ってください。今日もあなたは見守られ、祈られています。
祝福を祈ります。
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2008年5月11日(日)
「一同は聖霊に満たされ、"霊"が語らせるままに、他の国の言葉で話しだした。」
(使徒言行録2章4節)
言葉には不思議な力があります。人を殺すことも、生かすことも出来る。そんな力があります。
私たちの話す言葉が人を喜ばせ、勇気付け、励ます言葉だったら、どんなに素晴らしいことしょう。
きっと人間関係も、仕事も上手くいくのではないでしょうか。
イエスさまは、私たちの内側にあるものが口から出てくる、とおっしゃいました。
神さまの愛をが心に注がれる時、あなたの言葉が変わり、あなたの生活が変わります。
神さまに心を開くなら、神さまはあなたの心を喜びで満たす聖霊を注いで下さいますよ。
祝福を祈ります。
お問合せ
E-mail:info@takagi-church.org
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