2004年08月29日
クリスチャンになる前
私がクリスチャンになる前、教会に行くとそこにはニコヤカな優しい人がたくさんいました。人の優しさに慣れていなかった(?)私は、その人々に驚いてしまいました。とまどった私は、その人々の会話をはたから眺めるだけでした。
クリスチャンになってから、目つきがやわらかくなった、と言われました。変わった気がしないので、「今まではどうだったの?」と聞くと、「いつも部屋の隅で皆を睨んでたでしょ」と言われました。
「暴力の哲学」という本の著者酒井隆史氏は、暴力をなくすためには、「(人が) 『強くなければならない』という脅迫概念を、人類全体が徐々に棄て去ることだと思います」と述べました。
現代の社会は私たちに「こうあるべき」という概念を自然の内に植えつけているような気がします。その結果、必要以上に頑張ってしまい、気を病んでしまうのです。
神さまは私たちを、無条件で愛して下さっています。この愛を受ける時、肩の荷は降り、自然体の、楽な自分、笑顔の自分になれるのです。
2004年8月29日
投稿者 satochan : 13:47 | コメント (0)
2004年08月22日
ハイドン
オーストリアの作曲家、ハイドンがある時質問されたそうです。「一つの作品を完成させた後、精も根も尽き果ててしまったような時、次の作品に向かう意欲や力をどのようにして回復しますか?」と。
ハイドンはこう答えたそうです。「私の家には小さな礼拝堂がありますが、疲れた時はそこに行って、一人静かに神と共に時間を過ごします。この方法が成功しなかったことは今まで一度もありません。」
教会員のある方が、伝道しようと必死に手を尽くしたけど、それが無駄に終わってしまった、神さまなぜですか!?とショックを受けて祈ったそうです。その時、御言葉から、神さまの最善の時に最高の方法で神さまが御業を成すという約束を、御言葉を通して頂いたというのです。
その時この方は、自分の願いがどうのこうのではなく、神さまと交わりを持てた、ということの喜びが沸いてきて、心が軽くなり、力づけられたそうです。私たちは神さまを礼拝し、交わる時にこそ、大きな力で満たされるのですね。
2004年8月22日
投稿者 satochan : 13:44 | コメント (0)
2004年08月15日
貴村かたる姉
7月31日から8月16日(明日)まで、東京聖書学校3年生の貴村かたる姉に来て頂き、実習の期間を持って頂きました。
姉妹は年齢的には私の母親のような方ですが、実習生であり、私が指導する立場にあるのです。なんとも不思議な感覚です。
そんな感覚を持ちながらも、神学生と約2週間を過ごし、自分の神学生時代、ここに遣わされてからの歩みを振り返って考えさせられました。
神学校時代、非常に傲慢でした。牧師になってからも相変わらずで、愚かな歩みをしている。
人を育てるのに忍耐が必要であることを教えられますが、自分が育てられるのにどれだけ回りに忍耐させて来ていることか…
毎朝の祈りで「謙遜に!!」と祈りながら傲慢になる自分。実習生に教育を!!と思った自分が実は周りの人々を通して、神さまからずっと教育されているのだ、ということを改めて思わされました。キリストの御姿に似た者となるよう、互いの成長のために祈って行きましょう。
2004年8月15日
