2004年09月26日
父の召天
父の召天から一年経ちました。命日である9月23日は休日でもあるので、この日に記念会を行いました。
その数日前に実家に帰りました。母や妹の話を聞き、記念会では父の会社関係者や、友人だった方々より話を聞き、プレッシャーをかけられたり、励まされたり…
父も意外と多くの人に慕って頂いて幸せだったろうなぁと思いつつ、皆さんの声を聞いていたわけですが、喬木に戻ってきて感じたことは、疲れ、そして霊的な飢え乾きでした…
周りの人に気を遣い、出来るだけ皆さんの話を聞くように心がけましたが、その半面(?)、聖書を読み、祈る時間が取れませんでした。
結果、疲れを覚えるようになっていたのです。
帰ってきて聖書を読み、静かに祈る時、内側が満たされる感覚をやたらと懐かしく思いました。そしてようやく、皆さんからかけられた言葉を受け止められるようにもなってきました。心というか、内なる人が満たされることで、何か解放された気がします。
2004年9月26日
投稿者 satochan : 2004年09月26日 13:51
