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2004年11月28日

南信濃村で

 11/20(土)。T・K兄が南信濃村で講演をすることになりました。その場で聖書を配る、というので、トラクトも挟み、持って行きました。
 翌日、兄は「聖書は配れなかった」と言うのです。理由を聞くと、最初に聖書を配ろうとしたら止められ、皆が帰る時に出口で手渡しすることにしたそうです。それで出口に聖書の入った箱を置いておいたのに、集会後出口に行くと、箱が消えていたというのです。必死に探している内に皆帰ってしまい、箱も出てこなかった。
 次の日の朝、もう一度探しに行くと、出口と反対側にあるステージの上の、一番隅にしまわれていた、というのです…
 因習の強い地で、聖書を配ることは容易ではないことを、身をもって体験した兄は、容易な方法で配ろうとしたからだ、と反省したというのです。せっかく今回、大勢の人と会えたのだから、今度は歩いて、直接手渡しでトラクトを配ります!!と。
 主の前に謙遜になる時、本当に人は強くされるだなぁと、勝利者の姿を見る気がしました。

2004年11月28日

投稿者 satochan : 14:11 | コメント (0)

2004年11月21日

求めよ。そうすれば与えられる

 「求めよ。そうすれば与えられる」(マタイ7:7)最近の祈り会では、デボーション・クラスの学びを、より細かく分けてじっくりと学びを進めております。
 先週の祈り会では、一人の方が、デボーションの方法で、「ようやくわかった!!」と言って喜んでおられました。この方はデボ・クラ第一期の卒業生でもあるのですが、ある所まで行くと、どうしてもその先がわからずに、ここまで来た、と言うのです。
 感心させられるのは、2年近く前に学び、わからなかった内容を、今まであきらめることなく学び続けて来た、ということです。
 そこで考えさせられました。私たちは与えられることに慣れすぎてしまい、自分から求めていく、という姿勢が弱くなっているのではないでしょうか。神さまは求める者には惜しむことなく恵みを注いで下さいます。
 神さまの恵みに貪欲になりましょう。そして求めて行きましょう。神さまは私たちが求め始めるのを待っておられます。

2004年11月21日

投稿者 satochan : 14:10 | コメント (0)

2004年11月14日

営業の仕事をしていた時

 営業の仕事をしていた時、同僚は不思議がって聞いてきました。「お前は仕事もしていないのに何で契約取れるんだ?」と。
 心の中で「仕事してないわけじゃない」と思いつつも、「祈っているから」と答えました。すると彼はイライラしながら、「祈って(契約を)取れるんなら、俺も祈ってるよ!!」と言いました。「じゃぁ祈るか?」と聞くと、「馬鹿言ってんじゃねぇ」と会話は打ち切られました。
 不思議ですね。イエスさまは、私の名によって願うことは何でもかなえてあげる、と約束してくれました(ヨハネ14:13)。だから、祈れば良いだけなのです。
 ご利益宗教のように思われるかも知れませんが、主の名によって祈ればかなえられる。これが聖書の約束なのです。ならば私たちはどんどん主の名によって祈りましょう。かなえるかどうかは、神さまが判断して下さいます。
 必要なのは、純粋に信じて行動を起こすかどうかです。理屈やら何やらに捕われず、御言葉に聞き、行動を起こしましょう。祈りましょう。

2004年11月14日

投稿者 satochan : 14:09 | コメント (0)

2004年11月07日

創世記

 創世記を見る時に驚かされます。全てを造られたお方が、最後に神さまの形(品性)に似せて人間を造られた。さらに、その人間に地上の全てを支配させる、という権限を与えておられるからです(創世記1:26~29)。
 人に与えられたこの権威の中で、動物達も平穏に過ごしていたようです。どんな状態であったのか、イザヤ書(11:6-10)に描写されています。
 ところが、蛇(サタン)が来て、この人に与えられていた権限を奪ってしまいました。結果、人は苦労して食を得、人生に苦しみが生じるようになりました。
 その人に、神さまは再び権力を与えるために独り子なるイエスさまを与えて下さいました。今、誰でもこのお方を信じる者には「神の子」としての権限を与えられるのです。
 罪のゆえに失った権限を、主は回復して下さいました。サタンは相変わらず人の権限を奪おう、揺るがそうと必死です。私たちは天に望みを置き続け、与えられた特権を喜びましょう。

2004年11月7日

投稿者 satochan : 13:59 | コメント (0)