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2005年03月27日
復活の喜び
我が家のインフルエンザから守られた私ですが、先週は風邪をひいてしまいました。微熱プラス腹をくだす、という風邪です。
色々とするべきことがありながら、体が思うように動かないので、焦る気持ちもありましたが、とりあえずゆっくり休みました。
休んでも体が自由に動かない。この現実にイライラしました。それだけに、体が動くようになった時、動けるというだけで感謝が湧いてきました。
受難日、イエスさまが十字架について下さったことを覚えましたが、イエスさまの不自由さはいかほどだったでしょうか。
神の御姿を捨てて人となる。これだけでも大変な不自由さの中に身を投じることですが、さらに、十字架の死に至るまで、何も語らずただやられるがまま…
主が徹底して不自由、痛み、苦しみを背負って十字架について下さった。そして復活して下さったから、自由になった復活の喜びもまた大きいですね。喜びを持って祝いましょう。
投稿者 satochan : 22:18 | コメント (0)
2005年03月20日
今週は受難週
この2週間程、我が家はインフルエンザと風邪が大流行でした。その中で、なぜか私だけが守られ(?)、過ごせました。
多くの方に心配して頂き、祈っていただきました。お陰で妻と娘は元気を取り戻しましたが、息子は相変わらず風邪が抜けません。
息子が一番最初に熱を出し、一時期回復したけどまた熱を出し、今に至ります。一方私は元気。その状況を見て、「息子さんは、先生の分も背負っているんじゃないの!?」と。
子どもが高熱を出すと、親としては本当に不安になります。体調の悪い日が続き、やせ細っていく子ども姿を見るのも、胸が痛みます。
もし、それが誰か他人の苦しみを背負った結果であるならば…今週は受難週で、イエスさまが十字架についた週を記念する時です。
独り子に、全人類の罪を負わせ、全ての人の身代わりとして十字架につけた父なる神さま。この神さまの心はどれ程苦しかったでしょう?父なる神の愛、しっかり受け取りましょう。
投稿者 satochan : 16:08 | コメント (0)
2005年03月13日
霊は人を生かす
文字は人を殺しますが、霊は人を生かす(2コリント3:6)と聖書は言います。文字とは律法のことです。
イエスさまは十字架の死と復活によって、私たちの罪を贖い、律法という束縛から解放して下さいました。そして、霊によって生きる者として下さったのです。
ところが現実はどうでしょうか?律法からは解放されているはずなのに、相変わらず束縛を感じて、開放感もなく、苦しむことはありませんか?
律法とは、自分の中にあるこだわり、プライド、生活習慣や固定概念でもあるのです。これらのものを主に明け渡さない限り、本当の解放を得ることは出来ないでしょう。
そして、それらを明け渡すのは、自分の力では無理です。聖霊さまによってのみ可能なのです。ですから、私たちがすることは何でしょう?
聖霊さまに委ねるお祈りをしましょう。そして、肉(律法)の力ではなく、聖霊さまの力によって、信仰の歩みを続けましょう。
投稿者 satochan : 18:57 | コメント (0)
2005年03月05日
光り輝くクリスチャン!?
先週の金曜日は、世界祈祷日でした。知久町教会で地区の教会が集まり、ポーランドを覚えて祈りを捧げました。
S師がメッセージをして下さいましたが、以下のような内容でした。
「オレオレ詐欺や偽札などがあるが、現在は偽者が多い。また、『優しそうな人』という表現もあるが、『~そうな』というのも怪しい人だ。同じように、クリスチャンが偽者では困る。イエスさまは『あなたがたは世の光である』と言われた。これが『光のような』では駄目だ。クリスチャンは『光』なのだ。あなたの光をしっかり輝かせなさい」。
なるほど、と改めて思わされました。クリスチャンは、「光のような存在」では不十分なのですね!?ではどうやって輝くのでしょうか?
月や星が太陽の光を反射して輝くように、私たちは、神さまの栄光の光を反射して輝くしかないですよね。
天の御国にある希望の光。これを見上げ、この光を十分に反射して、光り輝く存在になろう!!
