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2005年10月30日

最高の捧げもの、最高の祝福

 休暇中、M教会の近くにあるS教会も訪問させて頂きました。建て1年ほどの新しい会堂を見させて頂き、しばらくお交わりの時間を持って頂きました。
 会堂を建てた時の経緯等、恵まれたお証を伺いました。会堂は広く、立派なものでしたが、建てるにあたり、体に悪いとされる資材は一切使っていない、とのことでした。全て最高の素材を用いたとのことです。
 なぜそのような贅沢とも思えることをしたのか。別にお金があったから、というわけではないそうです。最初は、中身が重要だから、会堂にお金をかけるつもりもなかったそうです。でも、計画している段階で、主に捧げるものだから、最高のものを捧げるよう導かれ、全てを最高に、と考えたそうです。金額も上がりましたが、信仰を持って進んだ結果、不思議な御業が次々と起こり、支払い可能額となった、と。
 主への捧げもの、常に最善を尽くし、最高のものを捧げる時に、本当に大きな祝福に与れることを証明されていました。

投稿者 satochan : 23:41 | コメント (0)

2005年10月23日

祈り会の力

 休暇中、横浜にあるM教会に2泊させてもらいました。この教会では、チャーチ・スクールをしていて、特に若い人への伝道が盛んでした。大人も2年前には50人程と聞いていたのですが、今回は70人くらいになっていました。
 チャーチ・スクールは、保育園から高校まで。40人ほどの生徒がいたでしょうか。聖書信仰に基づいて教育をし、やがては日本を背負って立つ人材を養育しようとしているその姿から、大きな感動を受けました。
 また、ユースの祈祷会がありましたが、この祈祷会に40人ほどの人が集まっていることに驚かされました。しかも2時間。たっぷり讃美し、分かち合いをし、長い時間祈り、そしてメッセージ。祈り会が終わった後も、グループに分かれて祈っていました。
 下の階では大人の祈り会が行われていましたが、こちらも50人程でしょうか、熱心に祈っていました。教会の力の原動力を見させてもらった気がしました。祈り会、盛んにしたいものであります。

投稿者 satochan : 15:42 | コメント (0)

2005年10月16日

休暇

 牧師休暇、という名目で教会を離れるのは、今回が初めてです。喬木教会の歴代牧師は休暇をとらなかったようなので、教会としても初めてのことかも知れません。
 休暇と聞くと、体を休める、ゆっくりする、というイメージを持ちやすいですが、休暇とはどのようなものでしょうか。
 聖書では神さまが安息日を定めておりますが、この安息日、何もするなと言われます。でも、それは何もしないでボーっと過ごせ、ということではなく、霊的な養いとして、神さまと深く交わるための時です。
 であるならば、休暇も、体を休めるというよりは、神さまと深く交わり、満たされる期間とするべきでありましょう。
 休暇明け、よく体がだるくて仕事に集中できない、ということがあるかも知れません。でも、霊的充足の期間として休息を取るならば、肉体的疲れを補って余りある力で満たされるでしょう。神さまと深く交わる休息を取るよう、お互い心がけましょう。

投稿者 satochan : 11:19 | コメント (0)

2005年10月09日

文字と霊

 イエスさまの時代に律法学者、ファリサイ派という人々がいました。福音書を読むと、その名前を聞くだけで、何か陰湿な、嫌~なイメージを持ってしまいますが、実のところはどうだったのでしょうか?今でたとえるなら、彼らは別に異端でもなく、しっかりとした聖書信仰をもった、教会の指導者、という感じだったのではないでしょうか。
 しかし、その彼らはイエスさまに反感を抱き、イエスさまから何度も叱責されています。なぜでしょう。それは彼らが聖書の字面ばかりを追い、霊の働きを認めることが出来なくなっていたからでありましょう。
 形式を大切にしていきますと、中身がおろそかにされてしまいます。そして形式に合わないものや人を排除しようとしてしまいます。律法学者、ファリサイ派は、イエスさまを排除しました。
 私たちの生活はどうでしょうか?霊に聞き、霊に満たされ、霊に導かれていますか?霊のあるところに自由があります。

投稿者 satochan : 10:49 | コメント (0)

2005年10月02日

感謝と役割

 今年のセ・リーグは、阪神が優勝したそうです。2年前監督を務めた星野仙一監督は、チームを強くするためには、選手一人ひとりの成長以外にはないと、選手に二つのことを教えたそうです。1つは、自分の置かれた立場に感謝すること。もう1つは、自分には役割が与えられていることを知ること、だそうです(クリスチャン新聞10月2日号より)。
 今日は洗礼式があります。洗礼式に臨むにあたり、私たちも確認したいと思います。私たちがどのような恵みを神さまから与えられているのか。その恵みに対して、十分に感謝しているでしょうか?
 また、もう一つ、自分に与えられた役割。神さまから生かされた私たちは、キリストの体なる教会の一部分です。体の一部として、与えられた使命を全うしているでしょうか。
 今日新たに洗礼を受ける方の祝福を祈りつつ、自らも神さまの前に思いを新たに、感謝を捧げつつ、与えられた使命を全うする者とさせていただきましょう。

投稿者 satochan : 17:31 | コメント (0)