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2005年11月27日

アドベント①

advents.jpg 今日からアドベントに入りました。アドベントは日本語で待降節と言いますね。イエスさまが生まれる時(クリスマス)を待ち望む、というのが起源になります。
 でも、このアドベントが出来たのは、イエスさまが生まれてから数百年後でした。歴史の中で、特別に重要な時として覚えられるようになったのです。
 イエスさまは約2千年前に生まれました。それを今から待ち望む、というのは変な気がしますね。
 イエスさまは預言によって「生まれる」と宣言されてから生まれました。それが今から約2戦年前に成就したわけですが、実はその預言には、生まれると同時に、再び来られる、という預言が含まれているのです。
 ですから、アドベントの時期、それは再び来られるイエスさまを、特別に待ち望む、という意味になります。再び来られる主の前に、どのような備えをして待ち望むべきでしょうか?収穫感謝は、天国入国信仰を新たにしましょう。

投稿者 satochan : 23:06 | コメント (0)

2005年11月20日

天国入国信仰

 「収穫感謝」と聞くと、実際に収穫した野菜や果物を感謝する、という意味に捉える方が多いことでしょう。確かにそれらは感謝なことです。
 でも、教会で行われる収穫感謝礼拝は、イスラエルの民が守っていた「仮庵の祭り」が根源です。これは、収穫を感謝すると同時に、荒野での苦しかった体験を覚えるために、仮庵(テントのようなものを木の枝などで作ったもの)を作り、そこに住む、というお祭りです。
 ここには、二つの感謝があるような気がします。一つは、実際に与えられた収穫への感謝。これは物質面、霊的面、二つの収穫を感謝できます。またもう一つは、この地上(その苦しみ)が、仮庵であって、やがては「もはや死はなく、悲しみも嘆きも労苦もない」(黙示録21:4)世界へ入れるという、まだ完成はしていなけれど、信仰において完成されている天国への入国を感謝する、という感謝です。
 クリスマスは、イエスさまの誕生日を祝うと共に、再臨信仰を新たにする時ですが、この収穫感謝は、天国入国信仰を新たにしましょう。

投稿者 satochan : 22:57 | コメント (0)

2005年11月13日

子ども祝福式

 アブラハムが99歳の時、神さまから割礼を受けるように命じられました。それからは、生まれた男の子には8日目に割礼を施すように、と指示されました。
 最近は新憲法の草案ということで騒がれています。争点の一つとして、「家」の概念を取り扱った記事を目にしました。戦前の日本は「家」というものがあって、大事な躾や社会のルール等、社会形成に必要最低限のものは家で教えられていた。ところが、今の憲法になってからは、「家」が出てこないで、個人の人権の尊重、自由、権利、ということばかりになってしまった、と。
 聖書は何と言っているのでしょうか。生まれた子に割礼を施す。それは、その子がイスラエルの民の一員である、という証になり、またその子をイスラエルの一員として養育する、という親や民の告白にもなるのです。
 聖書は、「家」の関係を非常に重視しています。そして、親が子や子孫に、信仰の養育をすることを求めています。教会に与えられた子どもたちに、信仰の養育が出来るようでありましょう。

投稿者 satochan : 15:27 | コメント (0)

2005年11月06日

また行きたい

 休暇中、日本で一番大きな教会であろうY・Cチャペルで礼拝を守りました。1回の礼拝で400人くらいなのでしょうか。午前中に3回の礼拝をして、1日に約1,300人くらいの礼拝を守っているという教会です。
 人数が多いと、それだけ新しく来た方への対応や、会員同士の交わり等をどのようにしているのか、興味がありました。
 教会に入りますと、「初めての人」用の受付ノートに名前を記入します。すると、受付の方が歓迎して下さり、続いて「おもてなし係り」という札をかけた方が席へ案内してくれました。
 また、礼拝後、周りの方が声をかけてくれました。そしてまた「おもてなし係り」の方が来て、教会で用意する昼食へ招いて下さり、昼食時も一緒にいて、色々と話をして下さいました。
 礼拝で恵まれ、礼拝後も暖かいおもてなしをいただき、「また行きたい」と思わされる教会でした。
 一人ひとりが、新来会者を歓迎することの素晴らしさを思わされました。

投稿者 satochan : 18:53 | コメント (0)