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2006年02月26日

罪に勝利する

 罪は遺伝しています。最初の人アダムとエバが犯した罪が、全人類に受け継がれているのです。ここに罪の持つ力の強さを見るような気がします。
 ある家族が賭博で無一文になったそうです。その家は、お父さんもおじいさんも賭博しだったそうです。息子は、「祖父も父も、賭博で人生を棒にふり、破滅した。自分はそうならない」と言っていたそうです。しかしその本人も賭博にはまりました。やがて教会に通い出すと、悲壮な覚悟をして牧師のもとに行き、斧で手の指を全て切り落としたそうです。賭博をやめる決意の固さがわかります。しかししばらくすると、彼は足の指を使って再び賭博の虜になったそうです。
 罪の力は強力です。その力を断ち切るものは何でしょうか。イエス・キリストの十字架です。この十字架で、罪の本質、根源を打ち砕くことで、罪に勝利するのです。洗礼式の時、十字架の恩寵を覚えましょう。

投稿者 satochan : 23:32 | コメント (0)

2006年02月19日

風邪をひいて

 久々に寝込みました。風邪をひいてしまったのです。熱は大したことなかったのですが、2日間休んでしまいました。
 休みつつ、何もしないで休む、ということに罪悪感を覚えました。ただ休んでいて食事をする。昔、親から「働かざる者、食うべからず!!」なんて言われた言葉が頭の中に蘇ってきます。私も抑圧されているようです。でも同時に、聖書の言葉も心に響きました。「聖書には何と書いてありますか。『アブラハムは神を信じた。それが、神の義と認められた』とあります。ところで、働く者に対する報酬は恵みではなく、当然支払われるべきものと見なされています」(ローマ4:3,4)。
 聖書はただ「信じること」で義を与えるという、恵みの世界を提供します。しかし人間は、「行い」によって義を作り出そう、満足感を得よう、という律法の世界を作り出します。改めて、ただ休める。これも恵みを享受する訓練であることを思いました。

投稿者 satochan : 11:10 | コメント (0)

2006年02月12日

信頼し祈る

 祈る時、どれ程結果を期待して祈っていますか?この時の期待度が、神さまの御力を認めている度合いとなり、その度合いが、神さまからの祝福を受ける度合い、となるでしょう。
 イエスさまは、私の言葉があなたがたの内にあるならば、望むものは何でも願いなさい。そうすればかなえられる(ヨハネ15:7)、とおっしゃいました。
 聖書は、神さまの全能性、絶対性が示されている、権威の書ですね。この書の御言葉が内に宿すということは、神さまの絶対的な働きを完全に信頼し、期待を膨らませて祈る、ということになります。
 今回、一人の兄弟が受洗を決意しました。彼のために、どれだけの祈りが積まれていたことでしょうか。信じ、祈り続けたことで、主は応えて下さいました。まだまだ私たちには、祈るべきことがたくさんありますが、主は必ず応えて下さいます。期待をもって、祈っていきましょう!!

投稿者 satochan : 15:06 | コメント (0)

2006年02月05日

小牧者コンベンションに参加して

 1月末に、小牧者コンベンションに参加して、たくさんの恵みを頂きました。振り返って、その恵みを分かち合いたい、と思いましたが、いざ分かち合おうとすると出来ないのです。なぜか?恵みがたくさんありすぎて、何から話したら良いのかわからなくなってしまうのです。
 でも、一つ。一番印象に残ったことは何かというと、「情熱」でした。
 山崎役員も参加しましたが、帰りにこんなことを情熱的に語っておりました。「来年ももっと大勢で参加しましょう。たとえ一泊でも参加しましょう!!」。
 普段大人しい兄が、情熱的に語るその言葉は、私の心を動かすようでした。
 キリストの恵みは情熱によって伝わるものです。主の燃えるような愛に触れるならば、私たちも燃えるはずです。そしてその情熱を持つ時、私たちの言葉と行いは、強い感染力を持つようになる。そのことを教えられました。

投稿者 satochan : 17:41 | コメント (0)