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2006年03月26日

主の前に不可能はない

 祈り会で、ある姉妹が証してくれました。「本当に、神さまの御業としか思えないことがありました」と。この姉妹は、胃腸の調子が悪いようで、トイレが頻繁だったそうです。それが最近はめっきり調子よくなった、と。
 実はこの姉妹が以前、胃腸の具合が良くない、と話しておられた時から、私は癒しのために祈っていました。それだけに、この報告を聞くことが出来たのが、とても嬉しく、主の御名をあがめました。
 会堂長ヤイロの娘が死んだ時、イエスさまは「娘は眠っているだけ」と言って、彼女を生き返らせました。
 常識的には「不可能だろう」と思えることであっても、主の前に不可能はありません。こちらの側で、勝手に「無理」と判断してしまうことが多いような気がします。
 神さまを、自分の小さな枠で囲ってしまわないようにしましょう。そして、主を、自分の固定概念から解放しましょう。

投稿者 satochan : 17:54 | コメント (0)

2006年03月19日

罪に陥らないため

 世の終わりになりますと、礼拝、教会の集会を休む人が増えるようです。ヘブライ人10:25には、集会を怠ったりせず、励んで主に仕えていこう、と勧められています。
 海外から日本にヒラメを輸出する時、水槽にヒラメだけを入れておくと、皆死んでしまうそうです。そこで水槽にウナギを一匹入れるのです。ウナギはヒラメを食べてしまうそうですが、そのウナギが同じ水槽にいることで、1匹くらいのヒラメは食べられるそうですが、他が元気のまま日本につくそうです。天敵がいることで、緊張を保ち、活きがよくなるということです。
 聖書は安逸をむさぼることを「罪」と呼びます。その罪に陥らないためでしょうか、神さまはよく試練を私たちに下さいます。そのような試練が与えられているゆえに、神さまの恵みを知る、という体験をすることが出来るのですね。感謝ですね。
 主の業に励み、主の恵みを常に感じてまいりましょう。

投稿者 satochan : 22:44 | コメント (0)

2006年03月12日

隣人を自分のように愛しなさい

 教会では各部会があり、それぞれ奉仕を受け持って頂いておりますが、なお細かいところの奉仕を、「教会便り」で公募しましたところ、奉仕者がすぐに与えられました。中には、「他にすることはありませんか?」と聞いて下さる方もありました。私自身とても嬉しく思いました。
 また、その奉仕の姿を通して教えられたことがありました。
 イエスさまは、最も大事な戒めとして、「隣人を自分のように愛しなさい」(マタイ19:19)とおっしゃいました。
 主の体の一部とされた私たちは、自分が主の体、教会の一部になります。自分を愛する時、教会を愛することになります。自分の体、教会を愛した時、それが隣人への愛に繋がる、ということです。
 教会を愛する方の生活を見ても、隣人を愛されていることがよくわかります。自分を愛する。教会を愛する。そして隣人を愛してまいりましょう。

投稿者 satochan : 23:57 | コメント (0)