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2006年05月28日

原理主義!?

 私たちから恵みを遠ざけるものは何でしょうか?もちろん「罪」がそうでしょう。その罪をカモフラージュすのが「理性」でありましょう。
 総会の時、隣に座った方から聞かれました。「あなたはファンダメンタリズム(原理主義)か?」と。聖書を神の言葉として、そのまま信じる、という意味では「そうだ」と言いたかったが、何か軽蔑されているような響きがあり、「どうでしょうね」と答えました。
 その方の話を聞くと、「理性という論理を抜きにした信仰はあり得ない云々…」と。どうも、理性で聖書を解釈することが重要である、と言われているようでした。
 聖書を読む時の基準、物差しはあくまでも聖書であるべきでありましょう。自分の理性を基準に聖書を読むと、ラッキョの皮むきのようになってしまいますからね。
 理性で恵みの世界にフタをすることなく、聖書を実のある書物にしましょう。

投稿者 satochan : 17:14 | コメント (0)

2006年05月21日

理性と信仰

 今世間を賑わせている映画に、「ダ・ビンチ・コード」というものがあります。小説が販売されている時から、カトリック教会では「読むべきではない」と主張していたようです。映画配給会社の商品は不買運動までする、ということです。
 この小説は、イエスさまは結婚していて、その子孫がいる。教会はそれを隠す働きもしていた、ということです。読者の6割が、キリストに子孫がいると信じる、とアンケートに答えたとか...
 そして今、ユダ(イスカリオテ)の福音書も85%修復したとかで、イエスさまの神性を否定しようとする働きも盛んになされています。
 様々な福音書が存在する中で、今の聖書66巻が編集され、それを神の言葉と信じるのが私たちの信仰です。世の終わり、人々を惑わす働きが大きくなります。特に理性に働きかけてきますね。私たちは理性+信仰で、世の勢力に立ち向かいましょう。

投稿者 satochan : 17:24 | コメント (0)

2006年05月14日

母の日

 今日は母の日ですね。母の日の由来をご存知でしょうか?1908年、一人の女性が母を追悼したい、ということで教会で白いカーネーションを配りました。それが全米に広がり、5月第二週の日曜日が母の日、となった、といわれています。
 ちなみに、日本で最初に母の日を行ったのも、日本の教会だったそうです。
 なぜ「母の日」が誕生したのでしょうか?一般的に、子どもが呼び求めるのは、父よりも母の方が多いですよね。兵隊が死ぬ時も、母を呼びながら亡くなる方が多いそうです。
 勝手な解釈をさせていただくと、母ほど、自分に献身的に仕えてくれる存在はいない、ということではないかと思うのです。
 そんな母の姿に、神の愛を見るような気がします。母への感謝の表し方は、神さまへの感謝の表し方と比例するのかも知れませんね。

投稿者 satochan : 21:29 | コメント (0)

2006年05月07日

弱さを用いる神さま

 ある牧師の証しを聞きました。神学校時代、ギリシャ語、ヘブル語で挫折した。夢でヘブル語のアルファベットが襲ってくるほどに苦しめられた、と。結局その神学校では卒業できず、中退となったそうです。
 それから数年間、教会の奉仕に携わりながら、今度は再び違う神学校へと導かれたそうです。「今更ながら…」との思いもありながら入学したそうです。そこで、聖書の御言葉の素晴らしさを教えられ、感動しながら学んだそうです。すると、以前苦い思いをしたギリシャ語もヘブル語も楽しく学べた、というのです。
 その方は今、牧師として働き、なおその神学校でギリシャ語を教えているそうです。
 弱さを覚えるパウロに主は、「私の恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」(2コリント12:9)と言われました。私たちの弱さを主は用いて下さる。この約束の素晴らしさを覚えます。

投稿者 satochan : 16:23 | コメント (0)