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2006年07月30日
たらふくの恵み
皆さんのお祈りに支えられて、無事にアメリカから帰ってくることが出来ました。今回の旅行で一番驚いたことは何だったのか、考えてみました。
日本とはスケールの違う集会、教会の数々。確かに驚かされました。文化の違い、食事の違い、国民性の違い...何から何まで驚き、楽しみむことが出来ました。
でも、一番驚いたのは...私の胃でしょうか。レストランにあるメニューに驚きました。「ステーキ」の欄に「30オンス、50オンス」とあるのです。1オンスは28.35g。50オンスだと、約1400g。そんな肉を食べる人がいるのだろうか!?と驚きつつ、50より少ない30オンス(850g)のステーキを注文してしまいました。
食べ応えありました。食べきれちゃいました。結構美味しかったですね。ただ心配は、胃が大きくなりすぎて、また体重が増えてしまう...ということです。
胃ではなく、信仰の器が大きくなって欲しいと願われました...
投稿者 satochan : 15:25 | コメント (0)
2006年07月23日
Give us the Nation
アメリカのキャンプに参加して、年を感じました。とにかく、賑やかでリズムの早い讃美、超早口の説教、長~い礼拝(3時間半くらい)。恵みと同時に「疲れ」を覚えています。
私が日本人だからかなぁと思って横を見ると、れい姉も亮吾兄もノリノリで喜んでいるのです。やっぱり私が年をとったのかなぁと思わされるわけです。それでも説教はすばらしく、本当に聖霊さまのご臨在を感じます。イエス様が共にいてくださる。全能の神さまが働いて下さる。そこには「不可能なことはない」と心底信じることが出来ました。
霊に燃え主に仕えることの幸い、主が共にいて下さる特権を与えられている幸いを感じることができました。キャンプのキーワードは「Give us the Nation!!(国民、民族を私たちに下さい)」でした。下伊那地域の人々を勝ち取る為に、アメリカの地で熱心に、涙を流しながら祈る日々を過ごしました。主の栄光の現される日を期待して、熱心に祈り求めましょう。
投稿者 satochan : 15:20 | コメント (0)
2006年07月16日
おおらかな者は幸いである
皆さんのお祈りに支えられ、無事にアメリカに着きました。途中、ロスアンジェルスで乗り換えがあったのですがこの乗り換えにてこずりまして、予定の便に乗り遅れてしまいました。
アメリカに着いて思い知らされたことは、皆おおらか、ということです。ロスで手こずったのも、係員の方々がおおらかに(見えた)働いており、「手続きはどうすれば良い?」と聞くと、聞く人、聞く人、皆答えが違っており、本当にいい加減な返事ばかりを頂きました。(結果、一便乗り遅れる)
焦りながら、手続きを済ます為の列に並んでいた時のこと。「時間に間に合わないのでは!?」と心配する私の心に、「大丈夫だよ。何も心配するな。彼らを見てみろ」と主が語りかけてくださるようでした。本当におおらかな彼らは、簡単に飛行機を一便ずらして、乗せてくれました。主はなんでもできる。だから焦る必要も、心配する必要もない。そう教えられた気がしました。
投稿者 satochan : 15:17 | コメント (0)
2006年07月09日
祈り会で勝利しよう
最近、早天祈祷会がとても嬉しい。理由は、いつもR・Y兄と二人だったところに、T・K兄が加わって下さり、三人になったからです。
やがてこの早天祈祷会にも、数十人の人が加わり、朝から霊に燃えて、この地を勝ち取るために世に出て行けるのではないか、と期待が膨らみます。
教会は、祈り会を大切にしたいと願っております。週の半ば、家を出て教会に来ることは、非常にしんどいことでしょう。家族や職場に気を遣わなければならないことでしょう。でも、祈りなくしてリバイバル(信仰復興・原語の意味は「生き返り」)はあり得ません。
人類の歴史は、祈りによって変えられてきました。私たちの戦いは、血肉によるものではありません。霊の戦いです。祈りをおろそかにしたら、勝利を治めることは不可能です。祈り会、早天祈祷会、共に集い、祈りの輪を広げていきましょう。
投稿者 satochan : 17:04 | コメント (0)
2006年07月02日
外国語を覚えたい
先週は、夕礼拝がなかったので、夜の時間、近隣教会の礼拝に出席いたしました。その教会は、ブラジル人の教会、ミッション・アポイヨです。
とても自由な雰囲気の中、証者、祈り、讃美、聖書朗読、メッセージがあり、とても恵まれた礼拝でした。
その中で、喬木教会のゴスペル、ということで讃美もさせて頂きました。私にはポルトガル語は全くわかりません。でも、主をほめたたえる、という行為は全く同じで、言葉の壁を越えて一つになれる一体感を感じました。
世界各地、どこにおいても私たちは一つになれる。当たり前のことですが、そのことを改めて実感いたしました。
私たちのすぐ側に、ポルトガル語の礼拝がある。この隣人との交わりのために、ポルトガル語を勉強した方が良いかもしれない、と真剣に考えさせられました。楽して身につける方法はないものか...
