喬木教会礼拝説教
2001年10月21日
父の愛
聖書箇所 ルカによる福音書 15章11〜24節(P.139)
11また、イエスは言われた。「ある人に息子が二人いた。12弟の方が父親に、『お父さん、わたしが頂くことになっている財産の分け前をください』と言った。それで、父親は財産を二人に分けてやった。13何日もたたないうちに、下の息子は全部を金に換えて、遠い国に旅立ち、そこで放蕩の限りを尽くして、財産を無駄使いしてしまった。
子どもが親の生きている間に財産をもらうことは、日本においてはあまり聞きなれないことである。
ユダヤにおいても、日本と同じ様に遺言状によって遺産を贈与することがあったそうです。また、親が生きている間に財産の割り当て分を決めることもあったそうです。そして殆どは親が死んでからその使用権が認められたようですが、時に、この弟のように、親の生きている間に分け前を贈与することもあったようです。
弟は自分が得た財産という力を試したかったのでしょう。その力を自分が用いて、増やすことで、自分の存在の確かさを知りたかったのでしょう。
私たちも同じ思いになり、おなじことをすることがしばしばないでしょうか。父から譲り受けた財産です。自分で築いた財産、力ではありません。それなのに、その力をあたかも自分が持って生まれた、又は自分が築いたかのような錯覚に陥り、無謀にも世の中に戦いを挑むのです。
その結果はどうなるでしょうか。殆どの場合は、痛い目に遭います。自分の無力さを知るのです。弟も例外ではありません。自分の力を試したところ、試すことさえ出来ません。すぐに「放蕩の限りを尽くしてしまい、財産を無駄使いして」しまうのです。
14何もかも使い果たしたとき、その地方にひどい飢饉が起こって、彼は食べるにも困り始めた。15それで、その地方に住むある人のところに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって豚の世話をさせた。16彼は豚の食べるいなご豆を食べてでも腹を満たしたかったが、食べ物をくれる人はだれもいなかった。
このたとえ話で語られている地域がイスラエルかどうかはわかりませんが、イスラエルという地域は日本とは違い、雨が降らない時期と雨が降るかも知れないという時期(雨季)がはっきり分かれているそうです。ですから雨季に雨が降らなければ直ぐに飢饉になってしまうのです。現在も2年間ほど十分な雨が降らなかったため、干ばつの危機に瀕しているそうです。
さて、弟が財産を使い果たしてしまった後、大変な飢饉に襲われるのです。悪いことは重なるものですが、とてもタイミングが良過ぎる気がしないでもありません。もしかしたら、この地域は常に飢饉と呼べる状態ではなかったのか、とも思うのです。ただ、弟にお金がなくなり、人々の親切を受けられなくなったので、その飢饉と直面せざるを得なくなったのではないでしょうか。
本当に飢えた人が、粗末に扱われ、食べる物にも困り始めた。財産のない者に「親切」をしてくれる人がいない。国が衣食住の飢饉ではなく、愛の飢饉に襲われていたのです。
「豚の世話」は当時、奴隷の中の仕事でも最も恥ずかしい、不面目な、いとわしい仕事だったと言われます。それだけ蔑まされた仕事である豚の世話をする。父のもとで、「ボッチャン」として育った弟には考えられないような状態です。さらに、食物がないので、豚の餌であっても食べたいと思ったというのです。最低の中の最低な状態を表しています。
父のもとを離れ、本当の自由を得、その中で自分の力を十分に発揮しようとしていたはずが、いつの間にかもっともいやしい仕事をし、人が口にしないような物であっても何とか腹を満たそうというのです。
父である神のもとから離れ、自由に生きているつもりが、気が付くと罪の奴隷となり、霊的な飢えを別の何かで満たそうとし、それでも満たされない自分を苦しんでいる。そんな姿であります。
17そこで、彼は我に返って言った。『父のところでは、あんなに大勢の雇い人に、有り余るほどパンがあるのに、わたしはここで飢え死にしそうだ。18ここをたち、父のところに行って言おう。「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。19もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください」と。』20aそして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。
極限の霊的貧困状態にあって、ようやく思いが父の国に向きます。そして彼の思いはどのような方向に向かったでしょうか。「ちっきしょう!!人がこんなに苦しんでいるというのに、兄貴や親父はのんきに過ごしているんだろうな。今に見てろよ。きっと這い上がって、大金持ちになって見返してやるからな」等と夢物語を考えていたでしょうか?そんなことはありませんでした。
彼は現実に目をとめ、それを冷静に受け入れたのです。自分の無力さ、そして父に対して尊大に振る舞い、自分の力を過信した過ちを知ったのです。そこで彼は決心しました。父のもとに帰って過ちを素直に告白し、赦してもらおう、と。彼は飢えていて、苦しいから父のもとに帰り、何か食べさせてもらうために帰ろうと言ったのではなく、過ちを犯したので、それを悔改め、告白し、赦してもらうために帰る決意をしたのです。
そして、赦されたしるしとして、もう息子と呼ばれる資格もないので雇い人の一人にでもしてもらいたい、そう思うのです。
そう思ってからの彼の行動は早かった。すぐに彼はそこをたち、父親のもとに行ったのです。遠い国に来ていたのだから、その道のりは長く、飢えてもいたので厳しいものであったでしょう。しかし、悔改める、そう決心した彼の心は揺るぐことなく、父の国を目指して歩きつづけるのです。
20bところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。21息子は言った。『お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。』22しかし、父親は僕たちに言った。『急いでいちばん良い服を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。23それから、肥えた子牛を連れて来て屠りなさい。食べて祝おう。24この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。』そして、祝宴を始めた。
その頃父親はどうしていたでしょうか。「まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて」とありますが、たまたま遠くを見つめてもの思いにふけっていたのでしょうか。そうではなかったでしょう。くる日もくる日も、弟が帰って来るのはいつかと待ち続けていたのです。遠くに人影が現れる度に、「息子では!?」と思って目を凝らしていたのでしょう。でもその父親の思いはいつも、何日も、何年も、繰り返し繰り返し裏切られていたのです。
しかしこの日、父親は人影を見て、それが弟のものであることを知ったのです。
何年間も、毎日毎日待ち続けていた人が帰ってきたのであれば、その時の喜びはいかほどのものでしょうか!!
父親は走ります。弟に向かって走ります。ついに弟の首に抱きつきました。弟はびっくりしたでしょう。長旅で相当臭くなっていたでしょう。汚かったでしょう。しかし父親は首を抱きしめてきて、接吻するのです。
自分の心を責め続け、自分を苦しめてきたのに、父親は自分を見るなり喜び、走り寄って来て、臭くて汚い自分にキスまでしてくれるのです。弟は、父親からの赦しの言葉はまだ聞かなかったが父の愛、赦しを体で感じたでしょう。その愛の大きさに心は震えていたでしょう。涙も込み上げて来たでしょう。
ここまで自分を大切に思っていてくれた父を裏切り続け、放蕩の限りを尽くしてしまった自分を本当に恥ずかしく思ったでしょう。そのため、父が赦してくれていることを感じても、なお告白しなければなりません。「私は罪を犯しました…」
その言葉に父親はどうしたでしょう。彼の言葉を遮りました。そして僕たちに特別の時にしか着られないような素晴らしく良い服、家の家紋が入った指輪、奴隷がはくことの許されていない履物を持ってこさせ、息子の身につけるのです。また、子牛を屠って宴会をすることを告げました。通常は子羊をもって宴会をしていたようですが、本当に特別のお客さんを迎えた時だけ子牛を屠ったそうです。
私たちが向きを変え、父である神さまの方を向く時、神さまの方から走り寄って来てくださるのです。
イエスさまの十字架はそれを一番激しく現したものであります。私たちがまだ罪人であった時に、すでに贖いの供え物として独り子が十字架についているのです。私たちが気付く前に神さまは十分に歩み寄っていてくださっているのです。
私たちが神さまを受け入れる時、神さまは私たちの悔いた砕けた魂を受け取って下さり、私たちを本当の自分の子として扱ってくださるのです。
もうどうにもならなくなってしまったところまで行った息子は、ただ親の愛によってだけ生きられるのです。
天の父は、私たちを決して見捨てません。あきらめません。私たちが帰るのを今か今かと待ち続けているのです。
霊的飢饉の状態から、愛に押し出され、神さまのもとに帰りましょう。神さまは大きな愛で私たちを包み、癒し、そして生かしてくださいます。