喬木教会礼拝説教
2003年1月5日(日)

岩と呼ぶ

<ヨハネ福音書 1章35〜42節>

最初の弟子たち

35その翌日、また、ヨハネは二人の弟子と一緒にいた。36そして、歩いておられるイエスを見つめて、「見よ、神の小羊だ」と言った。37二人の弟子はそれを聞いて、イエスに従った。38イエスは振り返り、彼らが従って来るのを見て、「何を求めているのか」と言われた。彼らが、「ラビ――『先生』という意味――どこに泊まっておられるのですか」と言うと、39イエスは、「来なさい。そうすれば分かる」と言われた。そこで、彼らはついて行って、どこにイエスが泊まっておられるかを見た。そしてその日は、イエスのもとに泊まった。午後四時ごろのことである。40ヨハネの言葉を聞いて、イエスに従った二人のうちの一人は、シモン・ペトロの兄弟アンデレであった。41彼は、まず自分の兄弟シモンに会って、「わたしたちはメシア――『油を注がれた者』という意味――に出会った」と言った。42そして、シモンをイエスのところに連れて行った。イエスは彼を見つめて、「あなたはヨハネの子シモンであるが、ケファ――『岩』という意味――と呼ぶことにする」と言われた。

 

@教会は証する者がなければ建たない

見よ、神の小羊だ

この言葉がなければ、今日ある教会はなかったのかも知れません。誰かが主(救い主)を示す。そこで示された主によって誰かが又主を示す。この連鎖が現在の教会を維持させ、繁栄させているのであります。

私達が普段の生活の中で主を示す。証しをする。そのことの重要性を覚えましょう。

 

A教会は体験しなければ建たない

来なさい。そうすれば分かる」、「わたしたちはメシア――『油を注がれた者』という意味――に出会った

では、主が示されるだけで教会が建つのか。世界的なムーブメントになるのか。それで救われる人がいるのか。というと、それだけでは何も起こらないでしょう。イスラエルという国の中の片隅で起こった出来事として片付けられておしまいです。

でも、現在、世界人口の三分の1がクリスチャン。なおその人口は増え続けている。そして聖書も世界のベストセラー。聖書のない国を探す方が難しくなってきているほどです。

何故教会がそこまで大きくなったのか。それは誰かが主を証明しました。そしてそれを聞いた人々が、その主を体験したのです。その体験とは、「救われた」という体験です。

十字架にかかり、私たちの罪を全て贖って下さったイエスさま。このイエスさまが今も生きておられ、私たちの生活の全てを支配され、私たちが罪の縄目、死から解放される、という体験です。

人々は自分が体験したことは、確信を持って伝えることが出来るものです。それが証し(証明)になるのです。

私達が体験したこと、これらを人々に示す時、教会は豊かに建てあげられるのです。

 

B教会は土台が出来なければ建たない

あなたはヨハネの子シモンであるが、ケファ――『岩』という意味――と呼ぶことにする

大きな建物を建てようとしたら、まず何をするでしょうか?土台を造りますね。

この世界に教会を建てようとしたら、やはり土台が必要になるのです。どんな災いが来ようと決して揺らぐことのない土台です。その土台について「教会生活の処方箋」に辻宣道師が書いておりましたが、たとえ天地がひっくり返っても、決して信仰を捨てない、揺るがさない信徒こそが教会の土台なのです。

イエスさまはヨハネの子シモンを見て、「あなたをケファと呼ぶ」と言いました。

私達が証しをする。そして主を体験する。その中で私達は信仰を確かなものとしていきます。そうしたら、その中で主から「あなたがケファ(土台となる岩)だ」と言われる人もいるでしょうし、又「あなたの連れて来た、この人こそケファだ」と言われる人もあるかも知れません。

教会はキリストの体ですから、全ての人が土台になる必要はないのです。上に立つ建物も必要ですからね。でも、誰かが証しをし、人々を神さまのもとに連れてこないのであれば、建物どころか、土台さえなくなってしまいます。

神さまは全ての人に賜物を与え、使命を与えられます。その賜物は決して変わることはありません。神のもとに来られたお一人お一人がそれぞれ「あなたを○○○と呼ぶ」と言われているはずなのです。各自の賜物をもとに、主の栄光を現す者とさせていただこう。

 

一人ひとりがその重要な役目を担っているのです。