喬木教会一般礼拝説教 2004年8月8日(日)
勝利を味わう
使徒言行録4章23〜31節
◆信者たちの祈り
23 さて二人は、釈放されると仲間のところへ 行き、祭司長たちや長老たちの言ったことを残らず話した。24 これ を聞いた人たちは心を一つにし、神に向かって声をあげて言った。「主よ、あなたは天と地と 海と、そして、そこにあるすべてのものを造られた方です。25 あな たの僕であり、また、わたしたちの父であるダビデの口を通し、あなたは聖霊によってこう お告げになりました。『なぜ、異邦人は騒ぎ立ち、/諸国の民はむなしいことを企てるのか。 26 地上の王たちはこぞって立ち上がり、/指導者たちは団結して、 /主とそのメシアに逆らう。』27 事実、この都でヘロデとポンテ ィオ・ピラトは、異邦人やイスラエルの民と一緒になって、あなたが油を注がれた聖なる 僕イエスに逆らいました。28 そして、実現するようにと御手と御心 によってあらかじめ定められていたことを、すべて行ったのです。29 主よ、今こそ彼らの脅しに目を留め、あなたの僕たちが、思い切って大胆に御言葉を語る ことができるようにしてください。30 どうか、御手を伸ばし聖なる 僕イエスの名によって、病気がいやされ、しるしと不思議な業が行われるようにしてくだ さい。」31 祈りが終わると、一同の集まっていた場所が揺れ動き、 皆、聖霊に満たされて、大胆に神の言葉を語りだした。 イエスさまが十字架につけられて、死にました。墓に葬られました。弟子たちは非常に ショックを受けました。そして、次に殺されるのは自分かも知れない、と怯え、人々の 目を避け、家の鍵を全部しめて閉じこもっていたのです。その弟子たちに聖霊が降りま した。そして人々の前に出て、大胆に御言葉を語るようになりました。多くの人々が救 われ、そして癒しの奇跡も行いました。あまりにもその御業が凄かったので、世の権威者 は脅威を感じ、彼らを捉えたのです。権威者は自分たちを脅かすような業をするな!! と言いたかったのですが、癒された人が目の前にいると、そう言う事も出来ず、ただ、 イエスの名によって話したり、教えたりするな、とだけ言いました。
脅された弟子たちはどうなったでしょう?神に従うことと、人に従うこと、どっちが正 しいか!?さらに見たこと聞いたことを話さずにはいられない!!と言いのけたのです。 さらに、釈放されたペトロとヨハネは自分の仲間にそのことを告げると、弟子たちは祈り 出し、聖霊に満たされたのです。
そこで、勝利に満たされる祈りを見て、それを自分の祈りとさせてもらいましょう。
さて、何度か話しましたが、祈りの基本を確認しましょう。祈るとき、私たちはまず何を 祈るのでしたっけ?主の祈りを思い出してください。「天にまします我らの父よ。」と祈っ た後、何と祈っていますか?「願わくは御名をあがめさせたまえ」ですね。御名を褒め称え る祈りであります。で、今日の弟子たちの祈りを見てみましょう。ペトロとヨハネの報告 を受けた弟子たちはまず、何を祈っているでしょうか?24節。徹底して主をあがめていま すね。あがめる、というとどんなことを確認しましょう。
讃美する、と言うと歌を思い浮かべてしまいますね。でも、あがめる讃美とは別に歌で なくても良いのですよ。私たちが誰かを誉める時、どんな風に誉めますか?いちいち歌は 歌わないですよね。それで何て言うでしょう?
子どもたちがキャンプで製作物をしました。子どもを誉める時どうしたでしょう?その 作成した物を見て、「あら〜、良く出来たね〜!!とっても綺麗に出来ているじゃない」何て 言うと、その子の直接的に誉めているわけではないですが、その子はちゃんと誉められて いることを知ることが出来ます。
また、子どもたちがどのような子であるのか、それを語るだけで、その子は受け入れられ、 認められ、誉められた、という感覚になりますね。実際にそうなのです。
女性の特徴は、部屋が散らかっていると、自分まで散らかっていると感じてしまうそう ですよ。だから、部屋を綺麗にする。その綺麗な状態を誉めることで、女性は誉められた ことになります。
男性は、誇りを大切にします。だから、肩書、持ち物、業績、動機が非常に大切です。 それを認めることで誉められたことになりますね。
だから、神さまを讃美する祈りは、神さまの偉大な業を告白し、そして神さまがどのよう なお方であるのかを告白することなのです。
人間関係でもそうですが、誉められると関係はよくなり、約束の成就も容易になります よね。私が甘いものを食べようすると、娘がやってきます。そして私のこと誉めてくれるん ですよ。「パパ、ヒゲがあったほうがかっこいい」とかね。そして言います。「パパだーい 好き」って。
誉められると大変ですよね。そうすると甘いものをあげちゃうのですよ。彼女は欲しい 物をどうやって手に入れるかよく心得ているのです。
だから誉めるのです。まず誉める。主の御名をあがめるのです。この祈りには力が生まれ ます。
そこでさらなる力を得ようとしたら、神さまの約束を引き出すのです。神さまの約束です。 それは聖書の中に溢れていますよね。今日の箇所では弟子たちは詩編の2:1,2ですね。
モーセも民が不従順のゆえに滅ぼされようとする時、アブラハム、イサク、ヤコブとの 約束を思い出して下さい、と言って神さまの約束を盾に民を救いました。
だから聖書は読んだ方が良いですね。聖書の約束を知っていれば知っているほど、私たち は力強い祈りを捧げることができます。
その約束を握り締めた弟子たちの祈りはどうなったでしょう?最後は29,30節です。主の 栄光が表されるような御業を行ってくださいと願いました。そしてどうなりましたか? 31節。「一同の集まっていた場所が揺れ動き、皆、聖霊に満たされて、大胆に神の言葉を語 りだした」のです。
この時の弟子たちの心はどんな状態だったと思いますか?「あぁ、神さまは私たちの祈り を聞いてくれているのかなぁ...これからまた迫害に会うかもしれないけど、守ってもらえ るのかなぁ...」という不安が残っていたでしょうか?
祈りの後、彼らは聖霊さまで満たされて、地が揺れ動いているのですよ!!その心に不安が 残るでしょうか?
そこには神さまの素晴らしいご臨在と、力が満ち溢れていたでしょう。その後、彼らは 勝利の確信に満ち溢れていますよ。それが行動に現れましたよね。持ち物を共有し、多くの 奇跡が行われ、迫害を受け、殉教者を生み、御言葉は全世界に広がって行きました!!
ということは、私たちにとって問題になるところは、祈った後に「勝利の確信を握ったか どうか!!」ですね。
祈った後に勝利の確信!!どうですか?握っていますか?実は先週のJCサマー・キャンプの 時、最初に公園に行きました。行ってすぐに雄大を抱いたまま滑り台をしたのですが、その 時、バランスが悪くて雄大を守るためにヒザを打ってしまいました。さらにすべると枠に スネをこすって火傷...子どもと追いかけっこしたら柵に指をぶつけて突き指...やること なすことが全て裏目に出るような、短い時間の中で、本当に気分が沈んでしまう出来事ばか りでした。
その時、心の中でまた祈りました。「神さま...どういうことでしょう?体のあちこちが 痛いし、子どもの心もつかめない。このままでは僕のやることは全部裏目になりますよ... 」。本当に御言葉を語る自信までぐらつきました。
そしてその時、「朝の確信はどこに行った?」と心の中で問われました。ハッとしました よ。朝の確信。祈りの中で頂いた確信ですよ。その時は天候のことまで確信を握っていま したからね。それほどの確信がこんなちょっとした痛みで消え去るのか?と。
気分が戻りましたね。勝利の確信があるので、気分が良くなるのですよ。気を取り直し て、なお子どもとの関係作りをするようにしました。距離がどれくらい縮まったかはわか りませんが、少なくても子どもたちが、夜に悔改めの祈りをし、最後には「楽しかった!!」 と答えてもらえるキャンプが出来たのです。皆さんのお祈りに支えられたことはもちろん ですが、私自身も勝利の確信を握っていたかいないかが、落ち込んだ時の分かれ道でした。
先週の話を覚えていますか?「霊的勝利は肉的勝利に先行する」のです。私たちは日常の 生活の中で、ちょっとした戦いを繰り返し繰り返し行いますね。その度に、心が揺さぶられ、 気分が落ち込み、浮き沈みしたら大変じゃないですか。
一日の始まり、そこで勝利の確信をしっかり握る!!握ったら祈りは終わって十分ですよ。 神さまとの関わり方は、時間の問題ではなく質が問題ですから。核心を握ったということ は、内容の濃い祈りが出来た、ということです。
この祈りの確信をしっかりと握り、朝の祈りの時間で勝利を味わうのです。そうしたら、 日常生活の問題、仕事の問題、人間関係の問題、全てにおいて素晴らしい奇跡、御業を 見ることが出来ます。
ヤベツの祈りを知っていますか?これも勝利の確信を握る祈りですね。勝利を握る祈り。 これを捧げるようにしましょう!!